久門塾頭

松下政経塾の初代塾頭をつとめられた久門泰(ひさかどゆたか)氏が
11月25日心筋梗塞の為ご逝去されたとのこと。享年73歳。

3期生として政経塾の門を叩いた私にとっては、1981年の夏に面
接試験で初めてお目にかかり、入塾後もご指導いただいた方です。
ガメラ」というニックネームがあり、大きな瞳でぎょろりと睨まれ
た時には、震え上がったものです。また、研修計画の検討などの際に
「それどうなっとんのや?」という言葉と同時に、右手がとん、とん、
とん、と「三段チョップ」で動く仕草が伝説になっていました。当時
はすごい貫禄をもった方だと思っていましたが、現在の僕よりも若か
ったと思うと、愕然としてしまいます。

僕にとっては、まだ、政治家志望者・経営者志望者しかいない中で、
国際関係志望の塾生第一号として入塾を許可していただいたことを感
謝しています。また、1984年に、塾頭の名代として、ハーバード
ビジネススクールの「リーダーシップ・コロキアム」に参加させてい
ただいたことも思い出の一つです。まだ、2年生だった僕を信じて任
せて下さったわけで、それ以降、僕の国際活動にずいぶん弾みがつい
たことを思うと、ありがたいことだったと思います。

今にして思うと、松下幸之助翁の鶴の一声で、松下電器本社労政部長
から、未知の世界である政経塾の立ち上げの責任者に任命されるとい
うことは、どれだけのプレッシャーだったかと思います。まったく前
例のないところから、壮大な事業をスタートしなければならない、し
かも松下幸之助の信用を汚してはいけない、ということでしたから、
心労はいかばかりだったかと思います。今日の政界で、政経塾出身者
がそれなりの存在感をもって活動している状況を思うと、隔世の感を
お持ちだったのではないでしょうか?

政経塾を常務理事で退任された後、たしか松下電器の広報部門や社会
貢献担当の取締役などをお務めになられ、その後、体調を崩されて隠
棲されていたと聞いていました。

塾生時代にお世話になった方が鬼籍に入られるのは、とてもせつない
ことですが、僕たちのこれからの仕事で、ささやかながらご恩返しを
していければ、と念じています。合掌。